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名古屋地方裁判所豊橋支部 昭和37年(ワ)44号 判決 1964年12月25日

主文

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として、

「(一)被告は原告に対し別紙目録記載の物件につきなされた名古屋法務局高師出張所昭和二十九年二月二十六日受付第六〇弐号根抵当権設定登記の抹消登記手続をなすこと

(二) 別紙目録記載の物件につき原告(抵当権設定者)と訴外江商株式会社(抵当権者)との間に昭和二十九年二月二十六日設定され、請求の趣旨第一項記載の如く抵当権設定登記のなされた根抵当権は存在しないことを確認する。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。」

旨の判決を求め請求の原因として、

(一)  別紙目録記載の不動産はもと訴外市田染織工業株式会社の所有であつたが、昭和三十四年四月四日原告が右訴外会社から買い受けた、右売買にあたり売主たる右訴外会社代表取締役市田道太郎は買主たる原告に対し次項にのべる訴外江商株式会社のために設定されている根抵当権は実質債務が存在しないから原告に迷惑を及ぼすことはない旨を言明し、且つ江商株式会社に対する関係は右市田道太郎に於て全部処理する旨を約定したものである。

登記の関係では本件建物のうち木造瓦葺平家建事務所兼休憩所床面積十六坪七合五勺については、昭和二十六年五月二十八日訴外市田染織工業株式会社のために所有権保存登記がなされ、昭和三十四年四月六日原告のために所有権移転登記がなされ、木造瓦葺平家建居宅床面積七坪五合は原告が買い受けたとき未だ保存登記がなされていなかったので、原告が買い受けた後昭和三十四年四月六日増築による変更登記の形で登記をすました。

(二)  昭和二十九年二月二十六日本件建物中、事務所兼休憩所床面積十六坪七合五勺について名古屋法務局豊橋支局に於て第六〇弐号受付を以つて工場法第三条に因り左記内容の根抵当権設定登記がなされた。

債権元本極度額    金八百万円也

債務者        東京都中央区槇町一丁目五番地

日本柔道衣生産販売協同組合

抵当権者       大阪市北区中之島弐丁目弐拾五番地

江商株式会社

(三)  昭和三十五年十二月二十三日右債務者日本柔道衣生産販売協同組合の代表理事たる被告と前記担保提供者市田染織工業株式会社の代表取締役市田道太郎の両名が相携えて抵当権者江商株式会社を訪れ、金弐千万円余の債務につき示談の結果前記組合名を以て五拾万円を支払つてその余の債務の免除根抵当権の解除を受け解除証書も受取り同日右根抵当権は消滅した。

(四)  市田染織工業株式会社代表者市田道太郎と被告とは相謀つて本件建物を買い受け所有している原告を窮境におとしいれ、以つて不当の利益を得る機会を作らんと企て、すでに根抵当権の消滅した後再び江商株式会社を訪れ、右根抵当権の譲渡登記を要求した。

江商株式会社としては右市田道太郎や被告を相手としても三文の得もなく根抵当権を解除しても譲渡しても利害に消長がないことであるから右両名の要求するまゝに昭和三十六年五月一日抵当権譲渡登記に必要な委任状等を右両名に与えた。右両名は右書類を利用して昭和三十六年五月三十一日、被告が現存債権と共に根抵当権を譲り受けた旨の根抵当権移転登記をした上御庁に右根抵当権実行として本件建物につき競売申立をなし、昭和三十六年(ケ)第五四号競売開始決定がなされ、本件根抵当権設定当時未登記であつて、根抵当に含まれていなかつた居宅床面積七坪五合についても競売手続が進行中である。

(五)  然し本件根抵当権は、昭和三十五年十二月二十三日に債権と共に消滅したものであつて、其後被告に対して移転登記をしても、一旦消滅した権利が復活すべきものではないから被告は何等の権利を所得するものではなく競売は不当である。

依つて本訴に及ぶ次第である。

と陳述した。

立証(省略)

被告は請求棄却の判決を求め答弁として請求原因事実のうち、本件物件は元訴外市田染織工業株式会社の所有であつた処、昭和三十四年四月四日原告が右訴外会社から買受け、同年同月六日所有権移転登記のなされたこと、本件物件につき原告主張の如き所有権保存登記並増築による変更登記のなされていること、本件物件につき原告主張の如き根抵当権設定登記のなされたこと、昭和三十五年十二月二十三日被告が訴外江商東京支社と契約したこと被告が原告主張の如く本件根抵当権を債権と共に譲受け根抵当権移転登記をなした上、原告主張の如く抵当権実行中なること、は之を認めるがその余の原告主張事実はすべて之を争う、被告の主張は左の通りである。

(一)  訴外市田染織工業株式会社は当時未登記の物件をも含めて訴外江商に抵当権設定したものであり、本件根抵当権の効力は別紙目録(ロ)の建物にも及ぶものである。

(二)  訴外日本柔道衣生産販売協同組合の事業は被告が戦時中興亜院華中連絡部に在勤中に知己となつた鐘紡社長訴外津田信吾氏の依頼に基き鐘紡発明のカネビアン糸を使用して柔道衣を生産販売するにあり、鐘紡は中間商社として訴外江商をして訴外組合へ糸を入れさせ江商は此の事業を本社直轄事業とし本社でなければ何事も決定し得なかった。

(三)  昭和三十五年頃、訴外組合は江商に対し多額の債務を負つていたので被告は私財を投じて債務弁済に努力すると共に、江商に対し本件根抵当権の解除方を交渉した結果同年十二月二十三日に被告と訴外江商東京支社との間に書類を作つたが、大切な本証、印鑑証明、委任状等は契約後一ヶ月以内に被告が本社に出頭の節に初めて渡すことになつていた。

(四)  被告としては訴外江商が本件根抵当権を解除する以上は被担保債務たる訴外組合の債務も免除されるものと誤信していたが、その直后同年十二月末日頃、江商本社事務担当者に連絡したところ、江商としては根抵当は解除するが債務は免除しない意思であることがわかつた。訴外組合代表者の被告としては債務を一身に負わされては大変故、更に江商と交渉の結果、前の契約を変改して本件根抵当権を被担保債権と共に訴外組合が譲受けることにつき一旦江商の承諾を得たが、債務者たる訴外組合が抵当権者となるのはおかしいとの説があつて結局被告個人が之を譲受けることとなり、昭和三十六年五月一日に被告が本件根抵当権並に被担保債権八百万円を譲受け、訴外江商は債権譲渡の通知をなし、被告は根抵当権移転の登記をなした。只譲渡の日附のみは双方合意の下に昭和三十五年十二月二十六日に溯らせたものである。

(五)  上記の次第につき本件抵当権は未だ消滅して居らず被告の譲受は適法につき原告の本訴請求は失当である。

と述べた。

立証(省略)

理由

(一)  別紙目録(イ)(ロ)の物件は何れも訴外市田染織工業株式会社の所有であつたところ昭和二十六年五月二十八日、そのうち(イ)建物(但し建坪は十五坪七合五勺)につき同会社名義に保存登記がなされその后同二十九年二月二十九日名古屋法務局高師主張所受付第六〇二号を以て訴外江商株式会社のために債務者を訴外日本柔道衣生産販売協同組合として債権元本極度額を金八百万円とする根抵当権設定登記がなされ、続いて同三十四年四月四日別紙目録(イ)(ロ)の物件が原告に売渡されたので同月六日受付で右(イ)物件につき所有権移転登記がなされ同日附で増築による変更登記(更正登記)のなされた結果現在の如く(イ)(ロ)の二棟が登記されるに至つたことは当事者間に争いない処である。

而して被告本人の供述によれば右(イ)の棟も(ロ)の棟も共に訴外江商に対する抵当権設定以前から訴外市田染織工業株式会社所有物件として存在していた物であり(ロ)の建物は(イ)の建物と続いて居り別々にする訳には行かない関係にあつた物であるから、「附加して一体をなす物」として前記江商の抵当権の効力は当然右(ロ)の棟にも及ぶものである。(なお被告本人の供述により成立を認める乙第一号証、根抵当権設定契約書にも(ロ)の棟は表示されていた。)

(二)  ところで証人福井太一の証言、被告本人の供述の一部、之により各成立を認める乙第一乃至第四号証、乙第五号証の一乃至四、乙第六、第七号証、成立に各争いない乙第五号証の五、甲第一号証を綜合すると昭和三十六年五月一日頃訴外江商株式会社が訴外日本柔道衣生産販売協同組合に対し有する債権のうち八百万円と共に本件根抵当権を被告個人に譲渡し同日附内容証明郵便を以て同組合に対し右債権譲渡の通知をなし、同年五月三十一日名古屋法務局高師出張所受付第一九〇二号を以て根抵当権移転登記をなしたことを認め得て他に反証もないものである。

(三)(1)  原告は之より前昭和三十五年十二月二十三日に本件根抵当権の被担保債権は消滅し根抵当権は解除により消滅したからその后被告が右根抵当権を譲受けることは不可能だと主張する。

そこで考えるに、証人福井太一の証言、之により各成立を認める甲第二号証の一、二、三によると、昭和三十五年十二月二十三日訴外江商株式会社東京支社管理部は来社した訴外市田染織工業株式会社(抵当権設定者)代表取締役市田道太郎、訴外日本柔道衣生産販売協同組合(債務者)理事長高岡重利に対し本社の承認の下に右組合より抵当債権中五十万円の一部弁済を受けて本件根抵当権を解除し、解除証を同人等に交付し、その后右根抵当権設定登記抹消登記申請書類も右高岡に対し送付したことを認め得るものである。被告本人の供述、証人福井太一の証言の中、右認定に牴触する部分は措信し難く、他に之に反する証拠もない。

(2)  しかしながら他物権の抛棄はそれによつて直接利益を受ける者(所有者)に対する意思表示によつてなさるべきであるから所有者でない者に対する放棄の意思表示はその真の所有者に対し何等の効力を生ぜぬものと云うべきである。(明治四十四年四月二十六日大審院判決参照)したがつて前記江商の根抵当権解除は当時訴外市田染織工業株式会社、又は訴外市田道太郎個人所有であつた物件については有効であるか当時既に原告所有になつていた本件物件についてはその効なきものと云うべきである。

(3)  仮りに然らずとするも物権の消滅についても之を第三者に対抗するためにはその旨の登記あることを要する処、本件根抵当権消滅につき登記なきことは原告の自認する所であるから、その旨の登記なき間に本件根抵当権を債権と共に譲受けた被告に対しては抵当権消滅の主張をなし得ぬものである(大正十年三月四日大審院判決)(被告が登記の欠缺を主張し得ぬ第三者に該当することは本件訴訟資料上、未だ明かでない。)

尤も被担保債権の消滅にともない抵当権が消滅した場合は登記なくして第三者に対抗し得るものであるけれども、本件の場合は根抵当であるから被担保債権が完済されたからとて直ちに当然抵当権が消滅するものではないし、又、金五十万円をこえる被担保債権全部の免除による消滅の事実は証人福井太一の証言、之により成立を認める甲第二号証の二によるも之を認め難く他に之を認めるに足る証拠もないものである。

(四)  上記を綜合するに何れの点から見ても原告は被告に対し本件抵当権の消滅を主張し得ぬものであるから、之を前提とする原告の本訴各請求は何れも失当にして排斥を免れぬものであり、訴訟費用に関し民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

別紙

目録

豊橋市鍵田町二十九番の一、四十六番

家屋番号同町第二番の二

(イ) 一、木造瓦葺平屋建事務所休憩所

床面積十六坪七合五勺

(ロ) 一、木造瓦葺平屋建居宅

床面積六坪五合

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